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熊本地方裁判所 平成9年(行ウ)3号 判決 2000年7月27日

原告 株式会社ニコニコ堂

被告 熊本東税務署長

代理人 東亜由美 菅原恒夫 渡邊昇 東村富美子 吉田勝栄 和多範明 倉本正博 木村淳一 島津道秋 野村英雄 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が平成七年二月七日付けでした

一  原告の平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの事業年度に係る法人税の更正のうち納付すべき税額七億八六二六万九六〇〇円を超える部分及び右事業年度に係る法人税の過少申告加算税賦課決定のうち納付すべき税額八七七万八〇〇〇円を超える部分

二  原告の右事業年度に係る法人臨時特別税の更正のうち納付すべき税額一八六七万八九〇〇円を超える部分及び同事業年度に係る法人臨時特別税の過少申告加算税賦課決定のうち納付すべき税額二〇万七〇〇〇円を超える部分をいずれも取り消す。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、被告が平成七年二月七日付けで行った平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)における原告の法人税及び法人臨時特別税についての各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分について、原告がその各一部の取消しを求めるものである。すなわち、被告は、原告の特定外国子会社等である香港の微笑堂が、租税特別措置法(平成四年法律第一四号による改正前のもの。以下「旧措置法」という。)六六条の六第一項所定のタックスヘイブン課税の適用除外要件を定める同条第三項所定の要件のうちのいわゆる「管理支配基準」を充足しているとは認められないとして、本件事業年度に対応する微笑堂の平成二年九月一日から平成三年八月三一日までの事業年度(以下「本件対応事業年度」という。)に係る課税対象留保金額に相当する金額を原告の本件事業年度の益金に算入したが、原告は、微笑堂は右管理支配基準を充足しており、また、右各更正処分等は信義則違反であると主張しているものである。

二  当事者間に争いがない事実

1  課税の経緯

(一) 原告の確定申告

原告は、平成四年六月三〇日、本件事業年度における法人税及び法人臨時特別税について、次の内容の確定申告書を被告に提出した。

法人税

課税標準    一七億七九二七万四〇四〇円

納付すべき税額  六億九八四八万六〇〇〇円

法人臨時特別税

課税標準     六億六四二二万七〇〇〇円

納付すべき税額    一六六〇万五六〇〇円

(二) 被告の処分

被告は、平成七年二月七日付けで、原告の本件事業年度における法人税及び法人臨時特別税について、次の更正及び過少申告加算税賦課決定をした(以下、併せて「本件各処分」という。)。

法人税

課税標準     四三億〇九八六万四五三八円

納付すべき税額  一六億〇七〇六万六四〇〇円

過少申告加算税額  一億〇一三六万二五〇〇円

法人臨時特別税

課税標準     一六億一三一九万九〇〇〇円

納付すべき税額     四〇三二万九九〇〇円

過少申告加算税額     二七二万七五〇〇円

(三) 原告の審査請求

原告は、平成七年四月七日付けで、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、これに対し、同所長は、平成八年一二月一六日付けで、次のとおりであるとして、本件各処分の一部を取り消す旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、右裁決書は、同月二五日、原告に送達された。その結果、本件各処分の内容も次のとおり変更された。

法人税

課税標準     四二億〇七六七万六八七〇円

納付すべき税額  一五億六八七四万五九〇〇円

過少申告加算税額    九五六一万三〇〇〇円

法人臨時特別税

課税標準     一五億七四八七万八〇〇〇円

納付すべき税額     三九三七万一九〇〇円

過少申告加算税額     二五八万三五〇〇円

なお、本件課税の経緯は別表課税の経緯<略>のとおりである。

2  微笑堂

BISHODO(HONG KONG)LIMITED(微笑堂(香港)有限公司。本店所在地香港。以下「微笑堂」という。)は、昭和六一年(一九八六年)九月二六日、香港で、香港法に基づき設立された原告が一〇〇パーセントを出資する子会社であり、原告がその設立に当たり出資金として一〇〇万香港ドルを負担した。

したがって、微笑堂は、軽課税国である香港に本店を有しており、その発行済株式の全てを内国法人である原告が保有していたから、旧措置法六六条の六第一項所定の原告に係る特定外国子会社等に該当する。

3  タックスヘイブン課税と適用除外要件

(一) タックスヘイブン課税

旧措置法六六条の六第一項によれば、軽課税国に本店等を有する特定外国子会社等の発行済株式等を一定割合以上保有している内国法人等について、特定外国子会社等の各事業年度に係る未処分所得の金額から留保したものとして租税特別措置法施行令(平成四年政令第八七号による改正前のもの。以下「旧施行令」という。)三九条の一五第一項で定める金額(適用対象留保金額)のうち、右内国法人の有する当該特定外国子会社等の保有株式等に対応するものとして同条二項に定めるところにより計算した金額(課税対象留保金額)を、右事業年度終了の日以後二月を経過した日を含む右内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入するものとされている。これは、内国法人等が租税の軽課税国(タックスヘイブン)に子会社等を設立して税負担を不当に回避することを防止するためであり、タックスヘイブン課税といわれている。

(二) 適用除外要件

ただし、旧措置法六六条の六第三項によれば、特定外国子会社等が、同項所定のタックスヘイブン課税の適用除外要件のすべてを充足している場合には、右のタックスヘイブン課税に関する規定を適用しないものとされ、右要件として、事業基準、実体基準、非関連者基準又は所在国基準のほかに、特定子会社等が、本店又は主たる事務所の所在する国又は地域(本店所在地国)において、その事業の管理、支配及び運営を自ら行っているという「管理支配基準」が挙げられている。

4  被告の課税の根拠

被告は、原告の本件事業年度における法人税の更正に当たり、微笑堂が旧措置法六六条の六第三項所定の適用除外要件のうち「管理支配基準」を充足しているとは認められないとして、本件対応事業年度に係る課税対象留保金額に相当する金額を原告の益金に算入して、本件各処分をした。

なお、微笑堂は、同項所定の適用除外要件のうち他の要件である事業基準、実体基準、非関連者基準又は所在国基準は充足している。

5  法人税、法人臨時特別税の計算等

微笑堂が旧措置法六六条の六第三項所定の適用除外要件のうち「管理支配基準」を充足しているとは認められない場合、原告の本件事業年度における課税対象留保金額及び法人税額の計算は、別表1ないし3<略>のとおりとなり、法人臨時特別税額及び各過少申告加算税の額は、別表課税の経緯<略>記載の金額(ただし、本件裁決後のもの)を下回らない。

6  原告の主張額

原告は、本件訴訟において、本件事業年度における法人税及び法人臨時特別税について、被告の行った本件各処分のうちタックスヘイブン課税の適用除外要件を認めなかったことを違法とし、次のとおり主張して、それを超える部分の本件各処分の取消しを求めている。

法人税

課税標準     二〇億〇〇四一万七七二一円

納付すべき税額   七億八六二六万九六〇〇円

過少申告加算税額     八七七万八〇〇〇円

法人臨時特別税

課税標準      七億四七一五万六〇〇〇円

納付すべき税額     一八六七万八九〇〇円

過少申告加算税額      二〇万七〇〇〇円

三  争点

本件の争点は、微笑堂が旧措置法六六条の六第三項に定めるタックスヘイブン課税適用除外要件の一つである管理支配基準を充足しているか否かという点と、被告の本件各処分が信義則違反となるか否かという点である。

この各争点に関する当事者双方の主張は次のとおりである。

(被告の主張)

1 管理支配基準について

(一) タックスヘイブン課税の適用除外規定について

旧措置法六六条の六第三項所定のタックスヘイブン課税の適用除外規定は、特定外国子会社等が独立企業としての実体を備え、かつ、その所在地国で事業活動を行うにつき十分な経済的合理性がある場合にまでタックスヘイブン課税規定を適用することは、我が国企業の正常な海外投資活動を阻害する結果を招くことになるので避けるべきであるとの趣旨で設けられたものと解されるので、管理支配基準は、右のような場合に当たるかどうかを事業の管理運営の面から判断する基準をいうものと考えられる。

したがって、特定外国子会社等が管理支配基準を満たしているか否かは、当該子会社等の重要な意思決定機関である株主総会及び取締役会の開催、役員の職務執行、会計帳簿の作成及び保管等が本店所在地国で行われているかどうか、業務遂行上の重要事項を当該子会社等が自らの意思で決定しているかどうかなどの諸事情を総合的に考慮し、当該子会社等がその本店所在地国において親会社から独立した企業としての実体を備えて活動しているといえるかどうかによって判断すべきものと解するのが相当である。

(二) 微笑堂の実態について

(1) 事業内容等

微笑堂は、昭和六一年九月二六日、原告の東南アジア・中国に対する進出の拠点として、原告の一〇〇パーセント出資により香港に設立された法人であり、本件事業年度に対応する本件対応事業年度には、社長の高成光(原告の海外事業部長)、現地マネージャーの趙大地のほか、現地従業員一名が勤務していた。

事業内容は、平成三年三月にその所有不動産を原告に売却するまでは、主に不動産の賃貸であったが、右不動産の売却後は、主に中華人民共和国に所在する合弁会社(北京国際藝苑有限公司、桂林賓館股分有限公司等)への投資、融資である。

すなわち、微笑堂は、昭和六一年一一月から香港グッドホープビルディングの地下一階、一階、八階及び九階(以下、右ビル全体又は微笑堂の取得部分を「本件ビル」という。)を取得し、同ビルの賃貸等を行っていたが、昭和六二年一〇月に同ビルの九階を香港教育専業人員協会に、平成元年一〇月に同ビルの地下一階をマクドナルド(香港)に、平成三年三月二八日には同ビルの一階及び八階を原告にそれぞれ譲渡した。そのため、同日以降は、原告の委託により、同ビルの原告所有部分の管理を行っているが、主な業務は、中華人民共和国で設立された前記合弁会社への投資、融資になっている。

(2) 組織、職務執行状況について

ア 微笑堂の業務執行に関する重要な意思決定機関である取締役会は、微笑堂の本店所在地ではなく、すべて原告の本店所在地である熊本市において開催されている。

イ 微笑堂の取締役は、林康治、林瑞栄、高成光、斎藤啓吉及び竹中伸之であるが、いずれも日本に在住しており、順に原告の代表取締役社長、代表取締役専務、貿易開発部長、取締役営業部長、取締役常務を兼ねているのであって、微笑堂の常勤取締役ではない。

右の五名のうち高成光を除く四名は、微笑堂の本店所在地における勤務を行っておらず、微笑堂から役員報酬を受け取っていない。高成光も、本件対応事業年度中の平成二年一一月八日から平成三年八月三一日までの合計二九五日間のうち香港に滞在したのはわずか一五日間であって、同人が微笑堂の職務を行うために香港に出張する際は、いずれも当時高成光が部長をしていた原告海外事業部の申請による原告の稟議により海外出張の承認を受けている。また、同人への役員報酬は、平成三年三月以降、原告から支払われており、微笑堂からは支払われていない。

微笑堂の常勤職員は、香港在住のマネージャー趙大地ほか一名であるが、趙大地は原告との事務連絡、もう一名は事務所の清掃等に従事しているにすぎない。

ウ 平成三年四月以降、微笑堂の総勘定元帳の勘定科目において、通常の営業活動に伴い要するであろうビル賃借料、通信費、電話・ファックス料金等の費用は計上されていない。

(3) 原告の微笑堂に対する管理支配状況

原告は、以下のとおり、本件対応事業年度及びその前後において、微笑堂の事業に関する処理の方針及びこれらに要する費用の支出について最終的な決定を行っている。

ア 不動産事業について

原告は、その取締役会において、平成元年九月二五日微笑堂所有の本件ビルの地下一階をマクドナルドに売却すること、平成三年三月二五日同ビルの一階及び八階を微笑堂から買収(代金四〇億円)すること、同月二九日に原告の中国ホテル事業への投資を微笑堂に譲渡することを決議し、同年九月二日、原告が本件ビルの右部分を用いて賃貸業を行うための香港における原告の代表事務所を微笑堂の所在地とすることを決議している。

イ 金融業について

原告は、その取締役会において、平成三年四月二二日、北京国際藝苑有限公司の五〇〇万米ドルの増資のうち、微笑堂の持株比率相応分二四五万米ドル(全体の四九パーセント)を微笑堂の同有限公司への貸付金債権により引当、相殺する旨を、海外事業部申請の社内稟議を経て決議し、また、同年五月九日、中国・桂林市から市内の合弁会社の外国側出資者に対する寄付依頼に基づいて、微笑堂が桂林市に対して五〇万円を寄付することを、原告の海外事業部申請の社内稟議により決裁している。

ウ 経費等について

原告は、平成三年五月一一日微笑堂の銀行預金口座開設について、同年六月五日微笑堂の監査法人への手数料等の支払について、同月二二日微笑堂の福岡シティファイナンスからの借入金(一五〇〇万米ドル)について、同年七月二〇日微笑堂の従業員の賞与及び休暇について、同年八月八日微笑堂の監査法人への経費の支払について、平成四年一月二七日本件対応事業年度の決算処理について、同年六月三日本件対応事業年度の所得に関する税務申告内容について、いずれも原告の社内稟議により決裁している。

(三) 右(二)の事実によれば、微笑堂は、取締役会による同社の重要な意思決定を専ら原告の本店所在地で行い、役員五名も全員が原告との兼務であり、うち四人は微笑堂での勤務をしておらず、残りの一人もわずかな期間しか微笑堂の本店所在地での勤務をしていないのであって、事業に関する処理の方針やこれに要する費用の支出についても、微笑堂が独自に決定するのではなく、原告の決裁により、その事業の管理、運営が行われていたというべきである。

そうすると、微笑堂は、本件対応事業年度において、その本店所在地国である香港において、独立した法人としての立場で、その事業の管理、支配及び運営を自ら行っていたとは到底いえず、むしろ、その親会社である原告がその本店所在地国である日本において、微笑堂の管理、支配及び運営を行っていたというのが相当である。

したがって、微笑堂は、本件対応事業年度において、旧措置法六六条の六第三項所定の管理支配基準を満たしておらず、原告は、同項のタックスヘイブン課税の適用除外規定の適用を受けることはできないというべきである。

2 信義則違反について

(一) 原告は、微笑堂から原告への本件ビルの売却に当たり、被告から非公式に右売却につき課税負担がない旨の見解を得ており、被告に課税の意思がないと確信するに妥当な客観的な事情が存したのであるから、右売却につき課税することは、信義則に違反し、実質的に権利の濫用に当たる旨主張する。

(二) しかしながら、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理、とりわけ租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。

そして、右の特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後に右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない。

さらに、税務相談についていえば、税務相談は、専ら行政サービスの一環として相談に応ずるものであるから、税務相談に対する回答は、将来における課税処分の内容を拘束するものではない。このことは、税務相談に対する回答が、納税者から申述された事実関係及び提供された資料を前提に行われるものであり、自ずと不確定要素が入り込むものであることを考えても明らかである。したがって、税務相談での回答が、税務官庁が表示した、納税者の信頼の対象となる公的見解ということができないのは明らかである。

これを本件についてみると、原告の主張によっても、原告の顧問税理士が税務署職員から原告に対する本件ビルの売却が課税対象にならないと聞いたというものにすぎず、右の税務署職員の氏名も明らかでなく、右税務署職員からの回答に関する具体的な経過も何ら明らかではない。

そうすると、仮に、税務署職員が原告が右に主張するように答えたとしても、極めてあいまいな話であって、これをもって、納税者の信頼の対象となる公的見解が表示されたものということは到底できない。

なお、原告は、税理士や公認会計士等に尋ねたところ、原告に対する本件ビルの売却につきタックスヘイブン課税はされないとの見解を有していた旨主張するが、原告が相談した税理士等がこのような見解を持っていたことをもって、本件各処分の適法性が否定されるものでないことはいうまでもない。

(三) したがって、本件各処分が被告が原告に対して与えた公的見解に反するものということはできず、本件各処分について信義則の適用を考える余地はない。

なお、原告は、過年度の税務調査においてタックスヘイブン課税を受けなかったことも信義則違反の根拠としているようであるが、かかる事実をもって被告が原告に対して公的見解を表示したとは到底いえないし、また、過去にタックスヘイブン課税をされなかったことをもって、直ちに後続年度においても課税を減免すべきであるという理由もない。したがって、原告の右主張も失当である。

(原告の主張)

1 管理支配基準について

(一) 微笑堂は、本店所在地である香港で、次のとおり、その主たる事業である不動産賃貸業の管理、支配及び運営を自ら行っている。

(1) 微笑堂が本件ビルを取得した経緯等について

微笑堂は、昭和六一年一一月、香港の新しい繁華街旺角の中心部にある本件ビルで小売業(百貨店)を営業しようと計画して本件ビルを取得したが、小売業の経営が大変難しい状況にあったこと、不動産賃貸業が当時香港で有利な事業であったことから、不動産賃貸業に切り替えたものである。

微笑堂は、本件ビルを取得するに当たって、手付金二八二〇万香港ドルを親会社である原告から借り入れたほかは、微笑堂の代表者である高成光が中華社会における個人的信用により、チャウ・タイ・フックから一億一五六二万香港ドルの資金を借り入れて取得したものであり、原告は、本件ビルの取得について資金的にも殆ど援助していない。

なお、原告から微笑堂に対する設立当初の貸付けは、右手付金を含め合計五〇〇〇万香港ドルである。

また、運転資金として、微笑堂は、平成元年九月、安田信託銀行から二六九〇万米ドル(二億一〇〇〇万香港ドル)の融資を受け、平成三年三月に福岡シティファイナンスから一五〇〇万米ドルの融資を受けている。

(2) 微笑堂が本件ビルで不動産賃貸業を営んでいたことについて

微笑堂は、不動産賃貸業を営むについて、テナントの募集、賃料の回収を香港の不動産仲介業者リチャード・エリスに委任していたが、テナントの決定・賃貸借契約の内容の決定については、微笑堂の代表者高成光が決めていたものである。テナントの決定・賃貸借契約内容の決定については、原告は全く関与していない。

微笑堂は、その経営上の判断により、昭和六二年九月、本件ビルのうち修理費のかさむ九階部分をテナントの香港教育専業協会に売却し、平成元年一〇月に地下一階部分のテナントであるマクドナルドが同年六月に突如発生した天安門事件で香港の経済状況が混沌としていたにもかかわらず、高い買値で買い受けることを申し出たので、その地下一階部分をマクドナルドに売却し、平成三年三月に本件ビルの一階、八階部分をテナントが入居しているままで原告に売却しているが、本件対応事業年度の主な事業が不動産賃貸業(本件ビルを原告に売却後は、原告の委託による不動産管理業を継続)であることは明らかである。

微笑堂の本件ビルの保有期間は結果的に短期間で終わっているが、設立当初から転売を予定していたわけではない。

(3) 微笑堂の日常業務について

微笑堂は、設立以来、会計事務・監査事務を香港所在のアーサーアンダーセン香港(武本勇会計士)に委嘱しており、会計帳簿の作成及び保管は本店所在地国である香港でしていた。

微笑堂は、本件ビルの八階の本社を営業拠点とし、趙大地等を雇用し、不動産賃貸業の日常業務、すなわち、会計帳簿の保管等の業務を行っていたものである。

(4) 微笑堂の業種と事業規模からいって本店所在地国に役員全員を常勤させる必要がなく、株主総会や取締役会を熊本市で開催する方が便宜であり経済的であったのでこれらを熊本市で開催することが多かったが、昭和六三年一月二七日、平成元年三月二三日、平成二年二月五日の株主総会は香港で開催している。

(5) 微笑堂の代表者高成光は、テナントの決定や営業方針の決定など必要なときだけ香港へ行けば足り、また、日本の永住権を取得するため、昭和六二年以降日本の滞在日数を多くする必要があったが、平成二年までは日本よりも香港など海外に滞在する期間が多く、所得税の申告も香港で行っていた。

(二) 微笑堂の管理支配基準の充足について

(1) 微笑堂は、設立当初から本件対応事業年度まで主な事業として不動産賃貸業を営んでいたことは明らかであり、この実態に基づくと、微笑堂はその本件対応事業年度においても正常な不動産賃貸業を営んでおり、微笑堂がペーパーカンパニーなどではなく、管理支配基準を充足していることは明らかである。

(2) タックスヘイブン課税は、経済的合理性を欠くような不当な租税回避を防止するために設けられたものであり、その適用除外要件は、特定外国子会社等が正常な海外投資活動を阻害することのないように設けられたものであるから、特定外国子会社等がその本店所在地において独立企業としての実体を備え、それぞれの業態に応じてその地において事業活動をしているか否か判断し、当該子会社の真正な事業活動を正しく認定し運用することが強く要求されている。

被告は、微笑堂が昭和六一年九月二六日に設立されて以来タックスヘイブン課税の適用除外要件を充足するものとして扱ってきたにもかかわらず、微笑堂の本件対応事業年度のうち、微笑堂が本件ビルを原告に売却した平成三年三月二八日以降右管理支配基準を満たさなくなったとして、その全期間について本件各処分をしたものである。

(3) 租税特別措置法通達六六の六―一〇(現行の租税特別措置法通達六六の六―一六、以下「措置法通達」という。)は、管理支配基準の判定について、「当該特定外国子会社の株主総会等の開催、役員としての職務執行、会計帳簿の作成及び保管が行われている場所並びにその他の状況を勘案してなされるが、当該特定外国子会社等の株主総会が本店所在地国等の場所で行われていること、当該特定外国子会社等が現地における事業計画の策定等に当たり、当該内国法人と協議し、その意見を求めていること等の事実があるとしても、そのことだけでは、当該特定外国子会社等が事実の管理、支配及び運営を自ら行っていないことにはならないことに留意する。」と定めている。

また、子会社は、株主である親会社に報告を行い協議をした上で事業活動を行うのは極めて当然のことであり、措置法通達の示している基準を親会社に適用する場合には、系列化の親会社の経営スキームを当然に考慮すべきであり、本件各処分のように措置法通達の判定基準を形式的に適用すると、親子会社の場合にはおよそ管理支配基準は適用の余地がないことになり不当である。

本件では、主な株主総会を香港で開催し、代表者の職務執行や会計帳簿の作成、保管等が行われていた場所も香港であり、香港に所在する不動産を所有・使用して不動産賃貸業を営んでいたのであるから、措置法通達にいう判定基準も十分に充足しているものである。

微笑堂の取締役会が親会社の所在地である日本で開催されたり、微笑堂の役員五名のうち四名が親会社の役員と兼任になっていたり、微笑堂が事業計画の策定等に当たり親会社と協議をしている等の事実があったとしても、それだけでは措置法通達のいうとおり、特定外国子会社等である微笑堂が管理、支配及び運営を自ら行っていないということにはならない。微笑堂は、原告が租税回避のために設立した会社ではなく、微笑堂の営業活動について租税負担を不当に軽減するような意図も行為もないから、本件についてタックスヘイブン課税をすることは立法趣旨とも矛盾し、不合理である。

(4) 特定外国子会社等が管理支配基準を満たしているか否かの判断は、特定外国子会社等が本店所在地において行っている主たる事業を対象として行うべきものである。

微笑堂は、本件対応事業年度の途中である平成三年三月二八日、厳しい経営判断から本件ビルを原告に売却しているが、主たる事業が何であるかは期末で判断すべきことではなく、本件対応事業年度中の全期間を通じて主たる事業が何であったか判断すべきである。本件対応事業年度における微笑堂の主たる事業は不動産賃貸業であり、タックスヘイブン課税の適用除外要件である管理支配基準を充足している。

2 信義則違反について

(一) 原告は、本件ビルを微笑堂から買い取るについて、タックスヘイブン課税を受けないように万全の検討を行い、国際税務に詳しい監査法人トーマツをはじめ元税務署勤務の小田信義顧問税理士、井手昭典税理士など専門家の意見を聞いたほか、小田税理士や井手税理士を介して税務当局の意見も聞いて、タックスヘイブン課税を受けることはあり得ないという意見に従って、微笑堂から本件ビルを買い取ったものである。

このように、原告は、微笑堂から原告への本件ビルの売却に当たり、被告から非公式に右売却につき課税負担がない旨の見解を得ており、被告に課税の意思がないと確信するに妥当な客観的な事情が存したのであるから、被告が、右売却につき課税することは、信義則に違反し、実質的に権利の濫用に当たる。

(二) また、微笑堂は、その税務会計事務を世界のトップレベルのアーサーアンダーセン香港の武本勇公認会計士に委嘱していたのであるが、武本公認会計士は、本件について措置法通達にいう「管理支配基準」の判定基準を被告が機械的・形式的に適用しているのは誤りであるとの見解を述べており、本件にタックスヘイブン課税の適用除外を認めていないのは違法であると指摘している。

第三当裁判所の判断

一  管理支配基準について

旧措置法六六条の六第三項は、同条第一項に定めるタックスヘイブン課税の適用除外要件を規定し、事業基準(特定外国子会社等が株式若しくは債券の保有、工業所有権等若しくは著作権の提供又は船舶若しくは航空機の貸付を主たる事業とするものでないこと)、実体基準(特定外国子会社等がその本店又は主たる事務所の所在する国又は地域においてその主たる事業を行うに必要と認められる事務所、店舗、工場その他の固定施設を有していること)、管理支配基準(特定外国子会社等がその本店又は主たる事務所の所在する国又は地域においてその事業の管理、支配及び運営を自ら行っていること)、所在地国基準(その事業を主として本店所在地国において行っていること)又は非関連者基準(その事業を主としてその特定外国子会社等の関連者以外の者との間で行っていること)を全て充足している場合は、タックスヘイブン課税を行わないとしている。

これは、特定外国子会社等が独立企業としての実体を備え、かつ、その所在地国で事業活動を行うにつき十分な経済的合理性がある場合にまでタックスヘイブン課税を適用することは、我が国企業の正常な海外投資活動を阻害する結果を招くことになるので避けるべきであるとの趣旨で設けられたものと解される。

そして、右タックスヘイブン課税の適用除外要件の一つである管理支配基準は、右のような場合に当たるかどうかを事業の管理運営の面から判断するための基準とみることができる。

したがって、特定外国子会社等が管理支配基準を満たしているか否かは、当該子会社等の重要な意思決定機関である株主総会及び取締役会の開催状況、役員の構成、職務執行状況、会計帳簿の作成及び保管状況、その業務遂行上の重要事項を当該子会社等が自らの意思で決定しているかどうかなどの諸事情を総合的に考慮し、当該子会社等がその本店所在地国において親会社から独立した企業としての実体を備えて活動しているといえるのか否かによって判断すべきものと解するのが相当である。

二  本件における事実関係について

1  微笑堂の設立について

原告の当時の専務取締役である林瑞栄は、昭和六一年春ころ、山一証券の社員から、香港に所在する本件ビルを買収しないかとの申出を受けた。そこで、林瑞栄や当時の原告の貿易開発部長である高成光等が香港に行き、現地視察や市場調査を行った結果、原告は、子会社を設立して本件ビルを取得することとし、高成光に対して、本件ビルの取得及び子会社の設立をゆだねた。

高成光は、香港の法律事務所であるジョンソン・ストークス&マスター(以下「ジョンソンストークス」という。)に依頼して子会社の設立手続を行い、昭和六一年九月二六日、原告の一〇〇パーセント子会社として微笑堂が設立された。なお、資本額は一〇〇万香港ドルであり、その出資者は、名義上、原告が九八パーセント、林康治及び林瑞栄が各一パーセントである。

また、微笑堂の社名は、設立当初は、「NIKO NIKO DO(HONG KONG)LIMITED・微笑堂(香港)有限公司」であり、平成四年五月一九日に、「BISHODO(HONG KONG)LIMITED・微笑堂(香港)有限公司」に改称された。

<証拠略>

2  本件ビル取得について

高成光は、微笑堂の設立手続と並行する形で、ジョンソンストークスに本件ビルの取得を依頼し、会計事務所であり本件ビルの売却に関与していたアーサーアンダーセン香港事務所(以下「アーサーアンダーセン」という。)とも接触した上で、本件ビルの売主であるホーシン・インベストメント・カンパニー・リミテッド(以下「ホーシン」という。)及びニューワールド・デベロップメント・カンパニー・リミテッド(以下「ニューワールド」という。)との間で売却交渉を行い、昭和六一年九月初旬ころ、本件ビル(地下一階の一部、一階、八階及び九階)を合計一億四一〇〇万香港ドルで取得することになった。

その後、同月二六日に微笑堂が設立され、同年一一月三日、微笑堂が右金額で本件ビルを購入した。

右購入代金のうち、購入契約当日に支払われた二五三八万香港ドルについては、原告から同年一〇月二一日に送金を受けた二八二〇万香港ドルによって賄われたが、残額一億一五六二万香港ドルについては、微笑堂において、同年一一月一三日、本件ビルの売主のグループ企業であるチャウ・タイ・フック・ジュウルリ・カンパニー・リミテッドから、本件ビルに担保権を設定して融資を受けることによって賄われた。

また、原告は、微笑堂に対し、同年一〇月一四日に三〇〇万香港ドル、同年一一月七日に二〇〇万香港ドル、同年一二月九日に五〇万香港ドル、昭和六二年三月九日に九〇万香港ドル、同年五月二二日に四五五万三〇〇〇香港ドルを融資しており、これらの融資は、いずれも微笑堂の運転資金に充てられたものと認められる。

(<証拠略>)

3  微笑堂の事業活動状況について

(一) 微笑堂の機関の状況について

(1) 取締役会

設立当時の微笑堂の取締役は、高成光(代表取締役)、林康治、林瑞栄、斎藤啓吉及び竹中伸之であり、原告における役職(当時)は、高成光が貿易開発部長、林康治が代表取締役社長、林瑞栄が代表取締役専務、斎藤啓吉が取締役営業本部長、竹中伸之が取締役常務であり、この微笑堂の取締役を誰にするかは、林瑞栄が林康治と相談して決めたものである(<証拠略>)。

そして、微笑堂の設立当時の取締役のうち、竹中伸之は、昭和六三年八月一日に、斎藤啓吉は、平成二年三月一日に、それぞれ微笑堂の取締役を辞任しているが<証拠略>、竹中伸之は昭和六三年三月一五日付けで、斎藤啓吉は平成元年二月一六日付けで、いずれも原告の取締役も辞任している(<証拠略>)。

微笑堂の取締役のうち、高成光以外の取締役は、いずれも香港での勤務を全くしておらず、高成光の香港での勤務も、その日数は限られており、特に昭和六三年ころ以降は滞在日数が少なくなり(<証拠略>)、本件対応事業年度内である平成二年一一月八日ないし平成三年八月三一日の間の勤務日数は、二九五日間のうち一五日間であった。また、微笑堂の取締役会は、日本において、必要に応じて取締役が集まり、行われていた(<証拠略>)。

(2) 株主総会

微笑堂の株主総会は、設立後第三期分までは香港において開かれており、その出席者は次のとおりである(<証拠略>)。

<1> 昭和六三年一月二七日 高成光(ニコニコ堂代理人)、林瑞栄

<2> 平成元年三月二三日

高成光(ニコニコ堂代理人)、

趙大地(林康治及び林瑞栄の代理人)

<3> 平成二年二月五日

林瑞栄(ニコニコ堂代理人を兼任)

高成光(林康治の代理人)

(二) 不動産賃貸業務の態様について

微笑堂は、不動産賃貸業務について、当初は不動産賃貸仲介業者であるリチャードエリス、平成元年六月以降はリチャードエリスから独立したシティに業務委託した。

右業者は、テナントの選定に当たり、テナントの募集、賃借申出人との交渉を行い、高成光は、テナントの決定及びこれに要する交渉を行い、また、賃貸借契約書における賃貸人の署名は、右業者の職員である黄家仁又は微笑堂の現地マネージャーである趙大地が行っていた。

賃借人を決定した後は、右業者が賃料の回収、共用部分の管理等を行い、微笑堂は賃料収入の管理、ビルの警備、テナントとの連絡、領収書の管理といった日常的な管理事務を行った。昭和六三年八月以降は、新たに雇用した趙大地が主に不動産賃貸業務に携わっており、高成光は、香港滞在時に、原告の中国でのホテル事業に主に携わっていた。

(<証拠略>)

(三) 会計業務その他の日常業務について

微笑堂は、設立当初、ジョンソンストークスの事務所に事務所を置いていたが、昭和六三年夏ごろ、本件ビルの八階に事務所を移した。

微笑堂の常勤職員は、趙大地ほか一名であり、趙大地は、現地マネージャーとして、昭和六三年八月ころから微笑堂で勤務を始めたが、それ以前は、現地マネージャーはいなかった。趙大地の主な仕事は、微笑堂における金銭の出納や帳簿の記載などの日常的な経理管理であったが、同人は、高成光の中学時代の数学の教師であり、経理関係の経験はなく経理を専門とする者でもなかった。また、ほか一名の職員は、主に本件ビル内の清掃等をしていた。

他方、微笑堂は、監査及び税務申告について、設立当初の事業年度である昭和六二年八月期から平成五年一二月期までの間、会計事務所のアーサーアンダーセン香港事務所に委託しており、同事務所の武本勇公認会計士がその処理を担当していた。そして、武本公認会計士の紹介により、微笑堂は、帳簿の記載及び整理について、当初はヘイズアンドカンパニーに、その後個人会計士であるマックスライに、平成二年からはワイズコンサルティングに代行を委託しており、これらの記帳代行業者は、武本公認会計士に月一回の月次報告を提出していた。なお、右のような会計業務は、香港での不動産賃貸業では通常の形態であった。

武本公認会計士は、微笑堂に監査の事務的な補助のできる人材がなく、監査作業が非効率的なものとなることを理由に、追加の監査料を徴収していた。武本公認会計士は、微笑堂に対し、平成二年九月二八日付けで、右追加の監査料請求に関する文書(<証拠略>)を交付しているが、これは、アーサーアンダーセンの監査料について、原告の顧問事務所であって競争会社でもあるトーマツから文句を言われないようにするためのものでもあった。

微笑堂は、原告への本件ビルの譲渡(平成三年三月二八日)と前後して、原告の顧問事務所であるトーマツの香港提携事務所に相談を持ちかけるようになり、アーサーアンダーセンへの相談は減少した。

(<証拠略>)

(四) 原告の社内制度の整備について

原告は、平成元年(一九八九年)九月ころ、株式上場を考えていたことから、各種の社内制度を整備し始めており、当時海外事業部長でもあった高成光についても、原告の海外事業を取り仕切っていたが、経費の使い方、給料の取り方、出張行動の不明確さ等の点において問題があったことから、出張先の行動記録等を社内稟議等によりチェックすることになった(<証拠略>)。

4  本件ビルの売却について

(一) マクドナルドに対する売却について

微笑堂は、マクドナルド・レストラン(香港)社(以下「マクドナルド」という。)に対し、本件ビルの地下一階及び一階(一部)について、六二年三月から賃貸していたが(<証拠略>)、マクドナルドから右賃貸部分につき買取りの要請があったことから、高成光がマクドナルドとの売却交渉を行い、平成元年一〇月五日、九八五〇万香港ドルで売却することになった(<証拠略>)。

右売却について、原告は、同年九月二五日、取締役会において承認可決しているが、微笑堂の取締役が集まったことはない(<証拠略>)。また、林瑞栄は、高成光から、右売却交渉の際に、途中経過及び事後の報告を受けており、マクドナルド側の申出価格よりも相当高額で売却する旨聞き、その後、売却価格が高成光が出した価格に近い価格に決まったと聞いて驚いたという経緯があった(<証拠略>)。

また、原告の海外事業部門が作成した稟議書(<証拠略>)によれば、右売却手続等に関する高成光の香港出張についても、原告の稟議がされている。

(二) 原告に対する本件ビルの売却について

原告は、平成三年九月の株式市場への上場に向けて条件整備を進める過程において、原告の中国(桂林及び北京)でのホテル事業への投資について見直しを図る必要に迫られ、中国でのホテル事業への投資は微笑堂が行い、本件ビルを原告が所有することが最善であると判断し、併せてその売買代金により原告が微笑堂に対して有する貸付金を回収し、借入債務のふくらんだ微笑堂の財務体質の健全化を図ることとした(<証拠略>)。

原告は、高成光に対し、本件ビル売却の話を持ちかけたところ、高成光は、当初はこれに反対していたが、最終的には原告の提案に応じることにした(<証拠略>)。

原告は、平成三年三月二五日、取締役会において、右の本件ビルの買収、中国でのホテル事業への出資金の譲渡、微笑堂に対する貸付金の回収について承認可決した上(<証拠略>)、微笑堂から、同月二八日、本件ビルの一階の一部及び八階を四〇億円(約二億二五二〇万香港ドル・<証拠略>)で買収するとともに、微笑堂に対し、同月二九日、中国ホテル事業への出資金合計一一億一一一一万一六一九円(桂林の合弁会社につき三億四八九三万四一一九円、北京の合弁会社につき七億六二一七万七五〇〇円)を譲渡し、微笑堂に対する貸付金合計二四億〇二七七万九一七六円を微笑堂から回収した。右貸付金の内訳は、長期貸付金が、元本合計額五億二一〇七万四〇一〇円及び利息合計額一億三二四五万〇六〇一円で、短期貸付金が、元本合計額一六億八九〇六万八〇〇〇円、利息合計額六〇一八万六五六五円である(<証拠略>)。

(三) 本件ビルの売却益について

微笑堂は、本件ビルを取得した後、五年以内にその全部を転売しているところ、本件ビルの取得価額とその後の売却価額は、左のとおり大きな差があり、微笑堂は、本件ビルの取得及び売却により、大きな利益を得ている(<証拠略>)。

取得価額(昭和六一年一一月)        一億四一〇〇万香港ドル

売却価額                 計三億三三〇〇万香港ドル

九階(昭和六二年九月)              九三〇万香港ドル

地下一階及び一階の一部(平成元年一〇月)    九八五〇万香港ドル

一階及び八階(平成三年三月)        二億二五二〇万香港ドル

売却益                   一億九二〇〇万香港ドル

本件対応事業年度においては、微笑堂が得た本件ビルの売却益は、一億二九一五万五〇二九香港ドルであったのに対し、賃貸収入額は、一〇九三万五四七九香港ドルであった(<証拠略>)。

なお、微笑堂は、本件ビルの一部につき、平成二年、売却の募集広告を出している(<証拠略>)。

5  中国でのホテル事業への投資について

(一) 原告は、昭和五九年ころ、中国でホテル事業を営むこととし、そのために右事業に関する合弁会社に対して出資することにした(<証拠略>)。

原告の貿易開発部(後の海外事業部)が右事業を担当しており、高成光が当時の同部長であった(<証拠略>)。

(二) 桂林での事業について

原告は、昭和五九年一〇月、桂林賓館股分有限公司(以下「桂林の合弁会社」という。)に対し、一二五万米ドル(出資比率五〇パーセント)を出資し、昭和六二年五月、桂林の合弁会社により、ホテル「ホリディイン桂林」が開業された。

微笑堂は、平成三年一月、桂林の合弁会社の増資に伴い、八二万米ドルを出資した(<証拠略>)。

原告は、同年三月一一日、取締役会において、桂林の合弁会社への出資者名義を原告から微笑堂に変更する件について、海外事業部申請の稟議書に基づき承認した(<証拠略>)。原告の海外事業部長である高成光は、右稟議書による申請に当たり、右稟議書に名義変更に伴う手続の詳細を記載し、その末尾に決裁印を押した。

原告は、微笑堂に対し、同月二九日、桂林の合弁会社に対する投資を譲渡した(<証拠略>)。

(三) 上海での事業について

微笑堂は、昭和六二年五月、マウンテンオーク(米国法人)を三六九万米ドルで買収し、もって、上海海崙賓館有限公司(以下「上海の合弁会社」という。)の出資持分の二〇パーセント(二一〇万米ドル)を取得した。

平成五年ころ、上海の合弁会社により、上海においてホテルが開業された(<証拠略>)。

(四) 北京での事業について

原告は、昭和六三年三月、北京国際藝苑有限公司(以下「北京の合弁会社」という。)の出資持分の四九パーセント(四四一万米ドル)を五六五万米ドルで買収した(<証拠略>)。

原告は、平成二年一一月二六日、取締役会において、微笑堂が北京の合弁会社に対する貸付資金三〇〇万米ドルをシティファイナンスから借り入れる際に、右借入れを保証する旨承認した(<証拠略>)。

原告は、微笑堂に対し、平成三年三月二九日、北京の合弁会社に対する投資を譲渡し(<証拠略>)、微笑堂は、同年四月、北京の合弁会社の増資(五〇〇万米ドル)に伴い、その四九パーセントである二四五万米ドルを出資した(<証拠略>)。

同年一一月、北京の合弁会社により、ホテル「ホリディイン・クラウンプラザ北京」が開業された(<証拠略>)。

(五) 原告は、平成三年三月二五日、取締役会において、微笑堂が福岡シティファイナンスとの間で一五〇〇万米ドルを限度とする金銭消費貸借契約を締結した件(<証拠略>)について、原告が、右借入れに対する保証として、福岡シティファイナンスに念書を差し入れる旨の承認決議を、原告の海外事業部申請の稟議書に基づく社内稟議を経た後に行っている(<証拠略>)。

(六) アーサーアンダーセンは、微笑堂の本件対応事業年度における監査報告書において、北京、上海及び桂林の各合弁会社について、微笑堂ではなく、親会社である原告が支配を及ぼしている旨記載している(<証拠略>)。

6  本件ビルの譲渡以降の事実について

(一) 原告側の事情

(1) 原告は、平成三年四月二二日、取締役会において、微笑堂が北京の合弁会社の増資(五〇〇万米ドル)に伴い、その四九パーセントである二四五万米ドルを出資した件について、右二四五万米ドルを微笑堂の北京の合弁会社に対する貸付金債権により引当て、相殺する旨を承認可決した(<証拠略>)。

(2) 原告は、同年五月九日、桂林市から桂林の合弁会社の外国側出資者に対する寄付依頼に応じて、微笑堂が桂林市に対して五〇万円を寄付することについて、海外事業部申請の社内稟議により決裁している(<証拠略>)。

(3) 原告は、同月一一日、微笑堂が銀行預金口座を開設することについて、海外事業部申請の社内稟議により決裁している。

これは、原告が、微笑堂の銀行預金口座を原告の資金を管理する口座に変えたため、微笑堂の銀行預金口座を新設する必要が生じたことから行われたものである。微笑堂の現地職員の給与等の日常収支は、右の新設口座によって管理され、原告においてその収支を管理することとされた(<証拠略>)。

(4) 原告は、同年六月五日、微笑堂の監査法人への手数料等について、微笑堂の資金により支払うことについて、海外事業本部申請の社内稟議により決裁した(<証拠略>)。

(5) 原告は、同月二二日、微笑堂の福岡シティファイナンスからの借入金一五〇〇万米ドルについて、海外事業部申請の社内稟議により、微笑堂の資金によって返済して金利負担を減らす方法と、右資金を利子課税のない香港で定期預金にして資金の需要に備える方法のいずれを採るかを検討し、後者の方法を採ることで決裁した(<証拠略>)。

(6) 原告は、同年七月二〇日、微笑堂の従業員の賞与及び休暇について、原告の経営企画室申請の社内稟議により、休暇に代えて賞与を支給することを決裁した(<証拠略>)。

(7) 原告は、平成三年九月一日から実施された関係会社管理規定(<証拠略>)において、出資比率が五〇パーセントを超える関係会社を子会社として管理することとし、当該子会社の経営上の重要事項について、原告の取締役で承認を受けなければならない旨定めた。

(二) 微笑堂側の事情

微笑堂は、原告に本件ビルの一階の一部と八階を売却した平成三年三月二八日以降は、原告からの委託を受けて、本件ビルの右売却部分の賃貸業務を従前どおり継続している(<証拠略>)。

微笑堂の総勘定元帳の勘定項目には、平成三年四月以降、通常の営業活動に伴い要するであろうビル管理料、通信費、電話・ファックス料金が計上されていない。また、微笑堂の所在地には、同年九月二日の原告の取締役会決議に基づいて、原告が本件ビルにおいて不動産賃貸業を行うための原告の事務所が設けられることになった(<証拠略>)。

三  微笑堂の管理支配基準の充足について

1  前記一の旧措置法六六条の六第三項に定める管理支配基準に照らし、微笑堂が本件対応事業年度(平成二年九月一日から平成三年八月三一日)において、その管理支配基準を充足するか否かについて検討する。

まず、微笑堂の設立当初から本件対応事業年度のうち微笑堂が原告へ本件ビルを売却した平成三年三月二八日以前の微笑堂の実態につき検討する。

前記二1ないし5のとおり、微笑堂は原告の一〇〇パーセントの子会社であり、その設立当時の代表取締役である高成光は同時に原告の貿易開発部長を兼ねておりその他の役員四名も原告の役員を兼務していたこと、微笑堂の役員のうち高成光以外の取締役はいずれも香港での勤務を全くしておらず取締役会も日本で開催されていたこと、香港で開催された三回の株主総会も形式的なものであったこと、微笑堂の業務である不動産賃貸業も、高成光がテナントの決定・賃貸借契約の内容を決定するほかは、香港の賃貸業者にテナントの募集、賃借人との交渉、賃料の回収、共用部分の管理を行わせており、微笑堂の従業員としては、現地で高成光の中学時代の教師である趙大地他一名を雇用し、趙大地に不動産賃貸業務における日常的な管理事務、経理事務を行わせ、他の職員には主に本件ビル内の清掃等を行わせていたにすぎないこと、高成光は、昭和六三年八月以降香港に滞在時には、原告の海外事業部の部長として、主に原告の中国でのホテル事業に携わっていたこと、高成光の香港での滞在日数は限られており、特に昭和六三年以降の滞在日数は少なく、本件対応事業年度内である平成二年一一月八日から平成三年八月三一日までの間の勤務日数は、二九五日間のうち一五日間に過ぎなかったこと、微笑堂の唯一の基本的財産である本件ビルの取得は原告において決定し、また、本件ビルの地下一階及び一階の一部の微笑堂からマクドナルドへの売却については原告の取締役会の承認を受けており、さらに、微笑堂から原告への本件ビルの八階及び一階の一部の売却についても、原告が自らの株式市場への上場に向けた条件整備の中で本件ビルを微笑堂から買い受けその売買代金から原告の微笑堂に対する貸付金の回収を図ることが最善であるとの原告側の事情と判断のもとで行われていること、原告の微笑堂に対する貸付金は平成三年三月時点で約二四億円あったこと、などが認められる。

右によると、微笑堂が原告へ本件ビルを売却した平成三年三月二八日の以前においても、微笑堂の事業の管理、運営について、親会社である原告の管理、支配が強く及んでおり、微笑堂の独立性の程度は低いものであったことがうかがえる。

2  次に、微笑堂の本件対応事業年度のうち、微笑堂が原告に対し本件ビルを売却した平成三年三月二八日以降の微笑堂の実態について検討するに、前記二6によると、微笑堂は原告の委託を受けて本件ビルの不動産管理業をしているにすぎず、その管理業務や中国でのホテル事業の投資についての重要事項については、逐一原告の決裁のもとで行われており、その間の微笑堂の事業の運営についての原告の関与の実態からみると、微笑堂は、ほぼ完全に原告の管理、支配の下に置かれているものと評価することができる。

3  以上の微笑堂の本件対応事業年度における業務に関する各事情に前記二で認定した諸般の事実を総合考慮すると、微笑堂は、本件対応事業年度において、その本店所在地である香港において、独立した企業として、その事業の管理、支配及び運営を自ら行っていたとはいえず、旧措置法六六条の六第三項所定の管理支配基準を充足していなかったというべきである。

四  本件課税処分の信義則違反について

1  原告は、微笑堂から原告への本件ビルの売却に当たり、被告から非公式に右売却につき課税負担がない旨の見解を得ており、被告に課税の意思がないと確信するに妥当な客観的な事情が存したのであるから、右売却につき課税することは、信義則に違反し、実質的に権利の濫用に当たる旨主張する。

そして、原告代表者は、原告の職員の富田謙一が、「原告の顧問税理士で元熊本西税務署長である井手昭典が、税務署職員から本件ビルの原告への譲渡が課税対象にならないとの回答を得た。」と言っていた旨供述しており、また、富田謙一の陳述書(<証拠略>)にもこれに沿う記載が存在する。

2  しかしながら、租税法規に適合する課税処分について信義則の法理の適用による違法を考え得るのは、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合でなければならず、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示し、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない。

さらに、税務相談についていえば、税務相談は、納税者から申述された事実関係及び提供された資料を前提に、専ら行政サービスの一環として相談に応ずるものであるから、自ずと不確定要素が入り込むものであって、税務相談での回答を納税者の信頼の対象となる公的見解とすることはできない。

これを本件についてみると、原告の主張及び原告代表者の右供述等によっても、原告の顧問税理士が税務署職員から原告に対する本件ビルの売却が課税対象にならないと聞いたというものにすぎず、右の税務署職員の氏名も明らかでなく、右税務署職員からの回答に関する具体的な経過も何ら明らかではないから、仮に、税務署職員が原告の主張するような回答をしたとしても、極めてあいまいな話であって、これをもって、納税者の信頼の対象となる公的見解が示されたものということはできない。

3  したがって、本件各処分が被告の公的見解に反するものとか信義則違反となるという原告の主張は採用できない。

五  本件各処分の適法性について

右三のとおり、微笑堂は、旧措置法六六条の六第三項所定の管理支配基準の要件を充足していなかったのであるから、原告は、本件事業年度において、同条第一項に規定するタックスヘイブン課税の適用除外を受けることはできず、本件事業年度の所得の金額の計算上、同項所定の課税対象留保金額に相当する金額は、益金に算入されるべきである。

そして、原告の本件事業年度に係る法人税及び法人臨時特別税について、右の益金算入に基づき、課税所得金額を計算した結果は、別表課税の経緯<略>及び別表1ないし3<略>のとおりであり、右課税所得金額は、いずれも本件各処分の課税標準額と同じかこれを上回っている。

よって、本件各処分は、いずれも適法である。

六  結論

以上によると、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山正士 伊藤正晴 渡部市郎)

別表 課税の経緯<略>

別表 一ないし三<略>

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